100年の難問はなぜ解けたのか -- 天才数学者の光と影
ポアンカレ予想の本を一冊買ってみました.
http://www.amazon.co.jp/100%E5%B9%B4%E3%81%AE%E9%9B%A3%E5%95%8F%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E8%A7%A3%E3%81%91%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B%E2%80%95%E5%A4%A9%E6%89%8D%E6%95%B0%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%81%AE%E5%85%89%E3%81%A8%E5%BD%B1-NHK%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB-%E6%98%A5%E6%97%A5-%E7%9C%9F%E4%BA%BA/dp/4140812826
発行はNHK出版,次のテレビ番組の書籍化だそうです.
2007年10月22日(月) 午後10時〜10時59分 総合テレビ
100年の難問はなぜ解けたのか
〜天才数学者 失踪の謎〜宇宙に果てはあるのか?宇宙は一体どんな形なのか?
人類が長年、問い続けてきた謎に大きく迫るヒントが去年見つかった。百年もの間、誰も解けなかった数学の難問「ポアンカレ予想」が証明され、宇宙がとりうる複数の形が初めて明らかになったのだ。世紀の難問を解いたのはロシアの数学者グリゴリ・ペレリマン(41)。その功績により、数学界最高の栄誉とされるフィールズ賞の受賞が決まったが、彼は受賞を拒否し、数学の表舞台から消え去ってしまった。その真意をめぐって様々な憶測を生んでいる。
著者は1968年生まれの気鋭のディレクター.当然,数学や物理学は専門じゃないみたいですが,著者略歴によると東大理学系研究科相関理化学修了,だそうです.一応,理系の方らしいです.
内容はと言いますと,数式がほとんど出てこなくて,専門の方には若干物足りないと思います.逆に言うと,「数学セミナー誌や数理科学誌は好きで読んでいるけど,ちょっと全部は理解できない」というくらいの方には面白いのではないかと思います.
私は数理科学の研究家としては確かに内容は物足りなかったのですが,数理科学史の研究家の立場になれば,面白いと思いました.
この本は,ポアンカレ予想はトポロジーだからトポロジーの創始者のオイラーから,とか,ポアンカレ予想は多様体に関連しているからまずはリーマンから,などという数学の内容から入る書き方はしていません.「ポアンカレ予想」についてではなく,「ポアンカレ予想の肯定的な解決」について,書かれています.
だいたい,理系出身の著者からして,こんな(ある意味で的を得た)ことを言っておられます.
博士にインタビューしている間,大変失礼ながら「言っていることが難しすぎる……」と考えていた.英語がわからないという意味ではない.内容がわからないのである.
そして,ある数学者に言われた言葉を思い出していた.
「数学はひとつの言語だ」
数学者は,例えば英語や中国語と同じように「数学語」という特殊な言語を身につけていると考えるべきだという.
「数学語」というのは正しいと思いますが,多少なりとも「数学語」を身につけたものに言わせると,「わからない」というのには違う意見が思い浮かんでしまいます.
というのは,数学の論文は,情報工学や物理学の論文よりも,ましてや医学や心理学の論文よりも,読むのが容易いことが多いです.もちろん,読むことと理解することは違いますが,数学の論文は数式が多いため,例え英語やドイツ語で書かれていても,なんとなく分かることが多いです.
ちなみに上記の「博士にインタビューしている間...」という御相手の博士とは,かのスメール教授です.
スティーヴン・スメイル - Wikipedia
スメール教授のフィールズ賞に関するオフィシャルアナウンスはこちら.
http://www.mathunion.org/medals/Fields/1966/index.html#0x82496a1f_0x0005ea0f
Stephen SMALE
born July 15, 1930, Flint, Michigan
University of California, BerkeleyWorked in differential topology where he proved the generalized Poincare conjecture in dimension n>=5: Every closed, n-dimensional manifold homotopy-equivalent to the n-dimensional sphere is homeomorphic to it. Introduced the method of handle-bodies to solve this and related problems.
(適当な訳)
スティーブン・スメール
1930年7月15日ミシガン州フリント生まれ,カリフォルニア大学バークレー校微分位相幾何学において,5次元以上の一般化ポアンカレ予想について証明した.いかなる閉じたホモトピー的にn次元球体に同相なn次元多様体は,n次元球体に位相同型であるということである.その証明のために「多様体のハンドル体」の概念を発見した.
そしてこの本では,かの幾何化予想の提唱者でありポアンカレ予想証明の立役者であるサーストン教授にも直接インタビューしています.
サーストン教授のフィールズ賞に関するオフィシャルアナウンスはこちら.
http://www.mathunion.org/medals/Fields/1982/index.html#0x82496a1f_0x0005ea33
William P. THURSTON
born October 30, 1946, Washington, D.C.
Princeton UniversityRevolutionized study of topology in 2 and 3 dimensions, showing interplay between analysis, topology, and geometry. Contributed idea that a very large class of closed 3-manifolds carry a hyperbolic structure.
(適当な訳)
ウィリアム・サーストン
1946年10月30日ワシントン生まれ,プリンストン大学解析学,トポロジー,幾何学にまたがる業績で,2次元及び3次元のトポロジーに対して偉大な功績を挙げた.3次元閉多様体の非常に大きな系に対する貢献は,双曲幾何学に対して多大な影響を及ぼした.
なんとなくサーストン教授へのフィールズ賞受賞理由が曖昧なのは,彼の論文数が当時少なかったとか,ですね.
この本の取材協力としては,日本人数学者では,やはり数学セミナー誌等でも御活躍の,本間龍雄先生,小島定吉先生,根上生也先生が取材を受けておられます.
なんと言っても写真が豊富で,ペレルマン氏としては,あの写真一枚くらいしか広まっていませんが,子供の頃の写真,学生時代の写真まであり,その他の海外の数学者の写真も多数です.まぁ,写真なんぞ紹介されて,ペレルマン博士としてはさぞ御迷惑でしょうが...
(数学セミナー誌では「ペレルマン」だった記憶があるのですが,この本では「ペレリマン」となっています.数理科学メーリングリストで昔聞いた時は,どっちかと言うと「ペレルマン」の方が発音が近い,と指摘されたような記憶があります)
というわけで,数学史マニアの方にはお薦めです.ソフトカバーで税抜き1300円です.