エネルギー保存 or シンプレクティック性保存?

来月の日本応用数理学会で発表しようと思ったのですが,どうしても間に合わなさそうなので,ここで書いてしまいます.

2007年度の日本応用数理学会にて,印象深い事がありました.
富山県立大の石森勇次先生の御講演
日本応用数理学会2007年度年会 - なぜか数学者にはワイン好きが多い
がありました.
その時に,確か名古屋大の松尾宇泰さんの質問だったと思います.というか,松尾さんが率先して手を挙げて下さっただけで,誰もが質問しようと思ったのですが.
松尾さんの石森さんへの質問はこうでした.

「先生の方法でも,シンプレクティック性とエネルギーの保存の両立は不可能なんでしょうか?」

回答はきっぱりとしてました.

「無理です」

シンプレクティック性の保存,エネルギー保存則,時間対称性保存等はどれもニュートン力学だろうが一般相対論だろうが,言い回しは難しいですが量子論だろうが,現在のところ(揺らぎはあっても)反論は無い,いわゆる「原理」です.根本的な数学的証明はできていませんが,疑問を抱く数理科学者はおりません.

しかし,コンピュータが凄まじく性能アップすると共にますます重要になってきた数値シミュレーションの中核を成す数値解析の分野の,「精度保証付き数値計算」と並んで重要な「幾何的数値解析法(幾何的数値積分法)」の中で,相反するのが上記の二つです.

シンプレクティック性とエネルギー保存性の両方を一般的に満たすアルゴリズムが発見されていないのが,研究者の悩みの種,というか,良い研究のネタであります.

松尾宇泰さんの質問に石森勇次さんがはっきりと答えたのには理由があります.
エネルギー保存型の数値積分法は局所的にハミルトニアンを厳密に保存するのに対し,シンプレクティック数値積分法は局所的に「陰のハミルトニアン」を厳密に保存するからです.両者は異なった物理量であり,同時に保存することは不可能です.

両者を同時に保存したいというのが研究者の願望で,様々なアイディアが提案されてきたのですが,ちょっと今までと違うアプローチが思い浮かびました.

シンプレクティック数値積分法も,エネルギー保存型数値積分法も,しょせん,刻み幅のオーダに縛られているということです.
例えば,エネルギー保存型数値積分法で優れたものに,京大の峯崎さん・中村先生による全保存型差分法(Totally Conservertive Integrator:TCI)という凄まじいものがあります.
ちなみに,中村佳正先生は次の日本応用数理学会の会長候補で私もあちこちでお顔を御拝見するのですが,峯崎さんには最近はお会いしておりません.お世話になったのでご挨拶したいところです.

閑話休題
TCIは,その名のごとく全ての保存量を保存するというものです.ただし,数学的に100%完璧なものは恐らく有り得ない通り,TCIも可積分系のスタックル系というハミルトニアンを持つものにだけ(だけ,と言っても,ケプラー問題も一般相対性理論シュヴァルツシルト解も含む広大なクラスですが)適用できる手法です.
保存量の量は,当然,シンプレクティック法よりも多いです.
そこで,ちょっと係数を考えることにより(このアイディアは,峯崎さんの方が先に思いついたらしいです)エネルギー等を完全に(例えばオーダn)で保存しつつ,シンプレクティック性をオーダn-1程度で保存することができます.

係数の決め方は,石森さんの方法では私はまだ知りません.でも,普通の,というか,私のシンメトリック全保存型差分法ではある程度の具体例が出ています.完全に一般化は,もちろんまだ出来てません(できてたら,パブリッシュしてます...).

というわけで,石森さんの方法じゃない普通の合成法・分解法で,シンプレクティックかつ全保存型差分法のコツは,単純にベイカー・キャンベル・ハウスドルフ・ポアンカレの公式に帰着します.
早い者勝ちです.
私も,3月の日本応用数理学会連合は無理でも,9月の大会を目指します.