トンデモ本の世界U
さっそく買って読んでみました.
相変わらず面白かったですし,本の紹介の他のカラム「話題あれこれ」も勉強になって面白かったのですが,いくつか引っかかる記事がありました.
例えば,かの皆神龍太郎さんによるトンデモ本の紹介,「ゼータ関数子ちゃんは葉山に隠れ住んでいた」です.
こんな風に絶賛しておられますが...
不肖・皆神龍太郎,トンデモ本と付き合って十有余年.たいていのタイプのトンデモ本は見てきたつもりだ.だが,この本のようなタイプのトンデモ本は,今までに出合ったことがない.なんとも分類のしようがない,いわばネオ・トンデモ本とでもいいたいような本なのだ.
しかし,これは,トンデモ本とは言いがたいのです.数学者じゃなくても,数学セミナー誌の愛読者なら分かるはずです.
皆神さんは,こう驚きます.
ひゃ〜〜.なんでフェルマーの定理が急に「鶴の恩返し」になるの?
皆神さんが「ネオ・トンデモ本」と言った本は次の本です.
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http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0195645701
1994年から1995年頃にかけて数学セミナー誌に連載されていた「フェルマーからワイルスへ」「不抜のフェルマー城没落す」をまとめたもので,「鶴の恩返し」はしょっちゅう出てきます.
例えば数学セミナー1994年6月号,
プリンストン大学でのワイルスさんの抗議は続いていますが,「できました」の一言が,ワイルスさんの口をついて出ることは無いままです(4月5日現在).
という生々しい描写で始まります.この原稿の中で加藤先生は,例えば
このゼータの化身のありさまは,鶴の恩返しの昔話において,鶴が恩を返すために娘に化身して,与ひょうの家にやってくる様子に似ていると見えます.
とアナロジーを思ったり,
ワイルスさんが,鶴の恩返しの話や日本のはた織について知ってたらなぁと思います.
と心配したりします.
それで皆神さんは「ひゃ〜〜」と驚くのですが,数学者は伝統的に「例え話」で数学をイメージするお遊びが好きなんです.例えば2000年頃に数学セミナーに連載されていた「ゼータ研究所だより」では「ゼータ風物詩」なる便りがあり,
木と葉
ゼータ惑星では上に行くほど太くなっている木を見かけます.重力の影響のようです.この木では葉が幹に直接ついています.葉はきらきらと光るクモの糸のようなふちどりがありました.
という分とスケッチがあります.
他にも,数学セミナー誌上では2003年から2004年にかけて,「有限群村の冒険」というファンタジー数学記事(?)が連載されました.
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あなたは数学の妖精を見たことがありますか?
なんて聞かれたら,「ひゃ〜〜」じゃすまないのでは無いでしょうか.
ただ,皆神さんがこんな数学者や物理学者のジョーク好きを知らないはずはありませんので,冗談で書いたのか本気なのかが分からないです.
皆神さんによると
素数の声が聞こえ,数列の収束したい気持ちを理解し,「素数踊り」や「ゼータ笑いの歌」を考案されたそうだ(なんなんだ,ゼータ笑いって?).
だそうですが,物理学科出身の皆神さん,シュレディンガー音頭のことを忘れています?
それから皆神さんの記事では,
加藤先生は,京大の数理科学研究所の教授を努められており,整数論の分野では,日本を代表するどころか世界を代表するといってもいい代数学者だ.
と書かれておりますが,この文章もダウトです.京大に「数理科学研究所」という研究所はありません.
「数理解析研究所」ならありますが,ここに加藤先生のお名前はありません.
京都大学数理解析研究所 - 所員 -
「加藤和也」のお名前は,こちらにあります.
教員 | Department of Mathematics Kyoto University
(「実は不肖・皆神,京大の先生の研究室に一度お邪魔したことがあるのだが,」と書かれていますのに...)
(もっとも,1994年にアンドリュー・ワイルズがついに与えた証明をみる限り,フェルマーの時代にはとても証明ができたような定理ではなく,フェルマーも本当は途中で考え違いをしていたのではないか,と今ではみられている).
これも厳密には不正確です.確かに1994年にネット上でプレプリントとして公表はされましたが,証明が査読を通って論文として出版されたのは1995年です.
もっとも,岩波数学辞典第4版では,確かに
1994年,A. Wilesにより,R. Taylorの協力もあって,最終的に解決された[16][15].
と書かれています.でも,引用している論文[16][15]を見ると,当然1995年と書かれています.
些細っちゃぁ些細なことなんですが,なんだかなぁ,という感じです.