ドーキンス「神は妄想である」

http://www.amazon.co.jp/%E7%A5%9E%E3%81%AF%E5%A6%84%E6%83%B3%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E2%80%95%E5%AE%97%E6%95%99%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%B1%BA%E5%88%A5-%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B9/dp/4152088265
この本,3月の時点では翻訳情報しかなかったのですが,本当に発売されてくれました.
Virtual Happy Birthday, Richard Dawkins博士! - なぜか数学者にはワイン好きが多い

タイトルからして凄いですね.

Amazon.co.jp: The God Delusion: 洋書: Richard Dawkins

日本語版Wikipediaによると,この本の邦訳が出るそうです.

リチャード・ドーキンス - Wikipedia

面白かったです.もう,過去の精神論がバッサバッサと斬り捨てられる辺りは痛快でした.
例えば,オカルティストと化してしまったユングはバッサリ.

1. 強力な有神論者。神は100%の蓋然性で存在する。C.G.ユングの言葉によれば「私は信じているのではなく,知っているのだ」。
(中略)
ユングのように,信じるべき適切な理由がなくとも信念をもちつづけることができるのが,信仰の本質である(ユングは本棚の中の特定の本が突然大きな音をあげて爆発することがある,とも信じていた)。

例のベストセラーは聖書とひとくくりにされ,

ダ・ヴィンチ・コード』は実際には初めから終わりまででっちあげられたもので,作り話,こしらえられたフィクションである。その点ではまさに福音書とそっくりである.『ダ・ヴィンチ・コード』と福音書のあいだの唯一のちがいは,福音書が大昔のフィクションで,『ダ・ヴィンチ・コード』が現代のフィクションであることだけだ。

(p. 147)
とサックリ.
聖書そのものについても,皮肉たっぷり.

善良なキリスト教徒は,この節のすべてを通じて抗議の声をあげつづけていたことだろう.『旧約聖書』がかなり不愉快なものであることくらい誰でも知ってますよ。ですが,イエスの『新約聖書』が傷付いた評判を取り戻してくれるので,まったく問題ありません。そうじゃないですか?と。

日本でも偉人として教えられることの多いリンカーンについても,バッサリ.

ハクスリーとリンカーンが現代に生まれて教育を受けたとすれば,自分たちのヴィクトリア朝的で慇懃無礼な物言いに,ほかの誰よりも真っ先に身の縮む思いをするのは彼ら自身だっただろう。

ちなみにこの直前に引用されているのはエイブラハム・リンカーンの1858年の意見で,一部引用しますと次のようなものです.

黒人を有権者陪審員にすることも,公務員になる資格を与えることにも,白人との人種間結婚にも私は賛成しないし,賛成したこともない。

(p. 389)

ただし,H.G.ウェルズのSFについては,これはウェルズを過大評価することになるかもしれませんが,ドーキンスが言うように当時の一般的見解をウェルズが述べたのではなく,ウェルズ一流の逆説的な皮肉だったのではないかと,個人的に思います.

私が以前に引用したH.G.ウェルズユートピア的な『新共和国』をもう一度引用するが,
(中略)
そして,新共和国は劣等人種をどのように扱うのだろう?黒人はどう扱うのだろう?

(p. 393)

コンピュータ関係者としては無視できない文として,アラン・チューリングについても正確に紹介されています.

英国の数学者で,ジョン・フォン・ノイマンとならんでコンピューターの父という肩書きを与えられるべき候補者であるアラン・チューリングは1954年,個人としておこなった同性愛行動が犯罪的不法行為であると有罪宣告されたあと,自殺を遂げた。

(p. 423)

日本でも有名なマザー・テレサも,バッサリです.

カルカッタマザー・テレサは,ノーベル賞受賞講演において実際に,「妊娠中絶こそ,最大の平和破壊者です」と言った。なぜなのか?このような偏った判断力しかない女性の発言を,どんな話題についてであれ,真面目に受け止めることがどうしてできるだろう。まして,ノーベル賞に真面目に値すると考えることがどうしてできるのだろう?

(p. 427)

もちろん,ドーキンスが中絶に全面的に賛成してるわけではありません.ドーキンスは,中絶に反対する理由が,例えば誰かに苦しみをもたらす,倫理的に反するといった理由ではなく,「神の教えだから」ということに対し攻撃しています.

私が最も「神は妄想である」の中で共感を覚えたのは,子供に対するドーキンスの真摯な意見です.

教師や司祭は,道徳上の罪を犯しておいて,告解による赦しを受けなければ永遠の地獄で罰せられるぞといった類のことを子供たちにいかにももっともらしく吹き込む。彼らのこうした行いを「児童虐待」と呼んでもけっして大げさではないと,私もいまでは思うようになった。

(p. 466)

親が信じる宗教を子供に強いるのは虐待だと私も思いますし,この意見は良心的なジャーナリストや弁護士が,80年代から今世紀始めにかけて実証・喝破してくれていました.
例えば,

カルトの親が自分の欲求実現を子どもに求めるのは,どんなに子どもの幸せを願ってのことであれ,不適切な養育であり,チャイルド・アビューズそのものである。

(「カルトの子:心を盗まれた家族」,米本和弘,p. 284)

それなのに,いろいろな主義主張に出合うこともなく,まして小さな子どもたちはそんな世界があることも知らずに,オウム真理教の中にのみいてよいのでしょうか。

(これはオウム真理教信者の方々へのメッセージです.「マインド・コントロールから逃れて:オウム真理教脱会者たちの体験」,滝本太郎・永岡辰哉・編,p.62.この本,「滝本太郎にも超能力が!修行しなくても「空中浮揚ができることを自ら証明」という写真には,出版後購入当時,かなり感動しました)

ところで,本のamazonのアドレスを調べようと思ってググったところ,以前に名前を挙げた池田信夫氏が,妙なことを書いているのを見つけました.

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/5713bcb84850ccfe5b15c36b42d98b9a

世の中には、ドーキンスが「利己的遺伝子理論」を創始した偉大な生物学者だと思っている人も多いようだが、彼はハミルトンの血縁淘汰理論をわかりやすく解説したサイエンス・ライターにすぎない。大学でのポジションも、彼のファンがオクスフォード大学につくった「科学の普及」についての寄附講座の教授として得たものだ。

私もドーキンスが,ノーベル賞に匹敵するような業績を上げた天才科学者だなんて思ってもいません.
ただし,クリスマス・レクチャーをしたことがあるくらいの人を,私なら尊敬するものを,「すぎない」って言い切るあたりが,やっぱりこの人はよく分かりません.

ちなみにクリスマスレクチャーは,今年のテーマは数学でした!
クリスマスレクチャー2007「数のミステリー」 - なぜか数学者にはワイン好きが多い

最近になって,マイケル・シャーマーが,サイエンティフィック・アメリカン誌(電子版)に,なぜ今,このドーキンスのような宗教批判が必要なのかというエッセイを載せていました.
http://www.sciam.com/article.cfm?chanID=sa006&articleID=423C1809-E7F2-99DF-384721C9252B924A

Since the turn of the millennium, a new militancy has arisen among religious skeptics in response to three threats to science and freedom: (1) attacks against evolution education and stem cell research; (2) breaks in the barrier separating church and state leading to political preferences for some faiths over others; and (3) fundamentalist terrorism here and abroad.
(意訳)
2000年代になってからというもの,科学と自由を脅かす以下の3点に対し,宗教における懐疑主義の中で猛烈な応酬が始まった:(1) 進化論や遺伝子の教育研究に対する攻撃,(2) 宗教の政治的介入,(3) ファンダメンタリストによる国内外のテロ.

マイケル・シャーマーは,SKEPTIC誌の中で,「The Skeptic's Chaplain: Richard Dawkins as a Fountainhead of Skepticism」という記事を出しています.
The Skeptics Society & Skeptic magazine
この記事の中で,シャーマーはドーキンスのキスラー賞受賞についても紹介しています.
http://www.futurefoundation.org/awards/kpr_2001_dawkins.htm
それよりも,SKEPTIC誌のシャーマーは「我々はカール・セーガン,スティーブン・J・グールドを早くも失ってしまった.しかし,まだ幸運にも,ドーキンスがいる」というくだりが泣けます.

私は,この本を読んで,改めて若かった頃にドラマの「大草原の小さな家」の最終回を見て,キリスト教の最悪の教えを(既に知っていましたが)実感したことを思い出しました.マイケル・ランドン演じる「理想の父親」は,家族を捨てて神を取るのです.最終的に神の奇跡(いかにも安っぽい特撮の雷(光?))により家族がハッピー・エンドになるとはいえ.
まだ幼少だったとは言え,家族よりも神を取るというキリスト教に,強烈な反発を覚えたものです.
オカルト大好きだった私が覚めてきたのは,それがきっかけでした.奇跡もオカルトも,確率論と統計学と心理学で説明できると.

今のところ,心理学で説明できる超常現象としては,子供の頃に見たり遊んだりしたコロポックルです.
道東の短い雨季に,確かにフキの下にいるのを見ました.子供の想像力として説明できますが,今でも「アイヌの神様って本当にいるんだ...」と下校中に思ったのをハッキリと覚えています.


平和について精神的な影響を世界中に与えたマザー・テレサまで批判するのに反感を持つ人も多いでしょうが,現在進行形で起こっている事件を考えると,宗教の害について考えざるを得ません.例え,事件当人が真の信仰によって行動しようが,信仰を口実にしてようが.
http://www.asahi.com/international/update/0729/TKY200707290293.html

交渉仲介役は「女性を人質に取ることはイスラムの教えに反する」と繰り返した。しかし、タリバーン報道官は「韓国人はキリスト教の布教目的で入国した。我々の要求が満たされない限り、解放はあり得ない」と地元通信社に語り、拒否する姿勢を明確にした。

「神は妄信である」は,日本でもそこそこ売れているようです.私が持っているのは2007年5月初版印刷発行ですが,書店をのぞいたところ,2007年7月第三版というのが出ていました.
578ページもある分厚い本なので,じっくりとお読み下さい.