ウソツキ読売

こんな記事がありました.
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20060427i305.htm

 政府は10年前から公募型の競争的研究資金の拡充を進め、数億円単位の大型研究も増えているが、研究費の額が必ずしも成果に直結していない皮肉な実態が浮かび上がった。

と勝手なことを書いてますが,

 国内には約79万人の研究者がいるが、

の一人として,反論させて頂きましょう.(これは想像ですが,この研究者数は,恐らく文部科学省科学研究費補助金のために割り当てられる研究者番号から出した数字でしょう)

問題の「文部科学省科学技術政策研究所の調査」というのは,PDF形式の論文として
優れた成果をあげた研究活動の特性:トップリサーチャーから見た科学技術政策の効果と研究開発水準に関する調査報告書(以下,「報告書」と書きます)
で読むことができます.

それによると,読売新聞が「国際的な文献データベース」と書いてあるのは,「Thomson ISI 社の“Science Citation Index”」,いわゆる「インパクト・ファクター」のデータベースです.インパクトファクターがどのように計算されているかは,詳細はさすがに企業が作っているものなので分かりませんが,概要としては「他の論文から参考論文として引用されている回数」が元になっているというのが研究者の中での常識です.そして,知り合い,あるいは自分で引用して,引用回数をかせぐということをやっている研究者がいるのも常識です.このインパクトファクター問題に触れていないのが,まず問題.(かと言って,じゃあどうやって論文の良さを評価するのか,と言われると,さすがに僕はそこまで考えたことはありません)

次に,読売新聞が無視しているのが,報告書の

被引用度の特に高い論文(被引用度上位1%論文)は、高額の研究資金(2000 万円以上)で実施された研究から産み出される傾向があることが統計的に強く示された。

というような文面.読売新聞は,「高額な研究資金は無駄」と世論を誘導したくて無視したのでしょう.
読売新聞が書いている

国際的に高い評価を受けた論文を書いた日本人研究者は、平均年齢が39・9歳で、その半数が約490万円以下の比較的少額な研究費で成果を上げていたことが、文部科学省科学技術政策研究所の調査でわかった。

というのは,確かに報告書では

高被引用論文を産み出した研究資金は、回答金額に大きな幅(最小値1 万円、最大値103 億円)があるが、中央値は490 万円、最頻値は100 万円であり、比較的少額の研究費で実施した研究も多い。

と書かれています.しかし数学者でもあり工学者でもある身で言わせてもらえば,数学なんかはそれほど莫大な研究資金は必要ありません.一人で研究するんだったらノートパソコンと鉛筆とノートがあれば良いです.ま,実際には学会や会議の運営費用が大きくかかります.一方,ロボットやカメラなど工学的な機材を使う研究は研究費がかかります.そして工学的な研究は,社会や会社と距離が近いことが多く,数学など基礎研究に比べて研究者の数も多いです.

すなわち,研究費が少なくてすむ研究は,基礎研究など非常に専門化されていてあるテーマは一部の研究者しか完全に理解することはできず,つまり研究者の数も少なく,必然的に論文を引用するとしたら少ない研究者の中で引用するので,ある論文の引用回数は増えます.その反面,工学的な研究は研究者数も多いので,必然的にも確率的にも,相当に有名な論文で無い限り引用回数は減ります.

読売新聞のトリックはまだあります.
報告書の57ページに,

また、競争的研究資金のなかでは「戦略的基礎研究推進事業」の総額(121 億円)が大きいことがわかる。

という報告もあります.「戦略的基礎研究推進事業」というのは,いわゆるCREST
(クレスト)というもので,額が大きいです.しかし高額研究費が無駄と言いたい読売新聞は,ひたすら無視してます.


まとめます.

1. 研究費と研究成果の検討は,インパクトファクターのみを考慮することには問題があるにも関わらず,読売新聞はその問題を無視して報告書の一部のみを結論と報道している

2. 高額な研究費が必要かどうかは研究分野によるため,一概に比較はできない.読売新聞はやはりそれを無視して報道している

こんなとこでしょうか.