博士の日

昨日,「博士の日」とやらがネットで流れていました.情報がそっくりなので互いにコピペで出来たのは間違いないようです.
例えばグーグルで上位に来たのは,

5月7日 博士の日 <366日への旅 記念日編 今日は何の日>

1888(明治21)年のこの日、伊藤圭介(植物学者)、菊池大麓(数学者)をはじめ25人の学者に博士号が授与されました。
これが日本初の博士の誕生です。当時は論文の提出による博士号ではなく、教育への貢献を評価された名誉博士的なものでした。

5月7日 今日は何の日〜毎日が記念日〜

博士の日

1888年のこの日、植物学者の伊藤圭介・数学者の菊池大麓・物理学者の山川健次郎らに25人に日本初の博士号が授与された。
ただし、論文の提出による博士号ではなく教育への貢献を評価されたもので、名誉博士的なものだった。論文による本格的な博士が生まれたのは、それから3年後のことである。
また、当時は博士の上に大博士の学位があったが、該当者がなく1898年に廃止された。

海外旅行の日 - 10月19日 - Yahoo!きっず今日は何の日

博士の日
1888年(明治21年)、植物学者の伊藤圭介、数学者の菊池大麓、物理学者の山川健次郎政治学加藤弘之ら25人に日本初の博士号が授与された。

博士 - 知泉Wiki

5月7日 博士の日
1888(明治21)年.5月7日、植物学者の伊藤圭介・数学者の菊池大麓・物理学者の山川健次郎らに25人に日本初の博士号が授与されました。ただし、第1回目の博士号授与は論文の提出による博士号ではなく、教育への貢献を評価されたもので、名誉博士的なものでした。論文による本格的な博士が生まれたのは、それから3年後のことです。

博士の上に「大博士」
明治時代に生まれた博士という学位の上に「大博士」の学位がありました。
これは英語での「doctor」を「博士」と訳したために、その上にある「professor」を博士より偉いという意味で「大博士」とした物です。もっとも日本では該当者がなく1898(明治31)年に廃止されました。

しかし、日本人で唯一の大博士として北里柴三郎がいます。彼が設立した北里大学の校史には「北里柴三郎大博士」と書いてあるのですが、これは誇大表現ではなく、戦前ドイツに留学した時にdoctorではなく、さらに偉いprofessorの学位を取得しているからなのです。それを当時の訳しかたで「北里柴三郎大博士」とされているのです。

60代のブログ奮闘記 : 今日は「博士の日」だが?

オジサンのブログ・パーツには、「今日は何の日」を付けている。左下の方にある。5月7日は「博士の日」だそうである。
日本では、1887年(明治20年)5月21日に「学位令」が公布され、これに「法学博士、医学博士、工学博士、文学博士、理学博士」の学位が定められ、翌年1888年の今日、植物学者の伊藤圭介・数学者の菊池大麓・物理学者の山川健次郎らに25人に日本初の博士号が授与された。どうやら全てが理学博士だったようだ。ただし、彼らは論文の提出による博士号ではなく教育への貢献を評価されたもので、名誉博士的なものだったようだ。しかもこの時、日本には東京大学しかなかったのだ。
3年後の1891年からは、学位論文の提出義務と審査が条件とされた。この博士号は戦前は、その希少性から「末は博士か大臣か」と詠われほど市井において高く評価され、学位の保持者に対しては敬意が表されていた。

Wikipedia日本語版の記述は,特にブログのものとは相違ありません(唯一,すぐ上の「どうやら全てが理学博士だったようだ」は明らかなミスですが...).
博士 - Wikipedia

日本においては、1887年(明治20年)5月21日、学位令(明治20年勅令第13号)が公布せられ、同令第1条により、博士と大博士の二等の学位が定められ、第2条により法学博士、医学博士、工学博士、文学博士、理学博士の五種が定められた。さらに、第3条により、博士学位は大学院の定規試験を通過した者に、帝国大学評議会の許しを得て、授与された。

しかし,いずれにも引用文献がなく,実は都市伝説なのではないかと思い始めたのですが,偶然ネットで以下のようなファイルがありました.
https://dspace.jaist.ac.jp/dspace/bitstream/10119/9468/1/2I16.pdf

学位は博士・大博士とし、授不権者は文部大臣であった。翌年、明治21年5月7日に文部省が初めて博士の学位を文学、法学、医学、理学、工学の5部門25名(各部門5名)に授与した。14)

14) 日本博士録 1-9巻 : 日本図書センター (1985) 10月

参考文献の「日本博士録」とやらも,どうやら実在のもので,直接は確認できていませんが,1887年の最初の博士号授与者から詳しく紹介があるようです.
さらに,東京大学のサイトの沿革にも同様の記述があります.
沿革 | 東京大学

沿革
明治(1868年-)
(中略)
21年05月 初めて博士号を授与(法学・医学・工学・文学・理学各5名)


なお,日本語版Wikipedia
博士 - Wikipedia

課程修了による博士号を課程博士、論文提出のみによる博士号を論文博士と呼び分ける。大学が博士号を授与した場合、授与大学ごとに通し番号が付けられて文部科学省に報告されるが、課程博士には甲1234XX号のように「甲」が、論文博士には乙1234XX号のように「乙」が付けられる。ただし、一部の大学においては学位記上ではこれらの区別がなされず、両者の通し番号が記載されていることもある。

とあったので,わざわざ自分の博士号学位記を確認してみました.

...単に,博第XXX号とだけ書いてありました.英語の方には,やはりシンプルにDoctorate No: XXXとだけ...

あの大学は,過去も未来も論文博士の例が無かったからじゃなかったかな...

もう一回博士号取れって言われても取れる気しねぇ(笑)気力が起こりませんです...

(2011/05/30)[追記]
後日,国会図書館
国立国会図書館オンライン | National Diet Library Online
でオンラインで博士論文を検索したら,「報告番号 甲第XXX号」って出ました.

ちゃんと(?)課程博士ってことになっているようです.