学者として

  • 自分の頭で考えない人たち

少し前から,mixiでは,ポータルサイトを目指してトップページに時事ニュースを表示することができるシステムになっています.私は普段,他人のblogはあまり読まないのですが,こちらの記事

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060408k0000e040076000c.html

に対するコメントをたまたま読むと,文章の読解力が無く,調べもせず勝手な憶測を書き綴っているとしか思えないコメントばかりで,読んでいて気持ちが悪くなりました.
ソーシャル・ネットワーキング・サービスのルールからして,中で書かれていることを外に勝手に出すことはできないので,引用はできません.しかし多くのコメントを意訳すると,「アメリカが悪い」「政府に利用される学者なんていらない」「学者のせいで身が危険にさらされる」というような,「批判」の形を取った「中傷」がほとんどでした.

  • プリオン調査委員会問題:何が問題なのか?

そもそも,恐らく無責任なことを書き殴る人たちは,なぜ名称が「食品安全委員会プリオン専門調査会」であって,「食品安全委員会狂牛病問題専門調査会」では無いか,考えたのでしょうか.記事にも簡単に書いてあります.

プリオン専門調査会は、03年8月に発足。同年12月、米国でBSEが発覚し、調査会は昨年5月から「米国・カナダ産と日本産の牛肉を食べた場合の危険は同じかどうか」というテーマに取り組んだ。

つまり,プリオン調査委員会は「プリオン」について調査するための委員会で,狂牛病について調査する委員会ではないからです.プリオンはタンパク質の一種であり,プリオンが増殖することによってBSE牛海綿状脳症,通称狂牛病,牛の病気),CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病,人間の病気),クールー(人間の病気),スクレイピー(羊の病気)などを引き起こします.潜伏期間が何年,何十年と非常に長く,致死率は限りなく100%です.
政府は,プリオン専門調査会を,長期的な展望で力を注いで支援するべきだったのです.
要は問題の一つは,「輸入のためにBSEにのみ専念させ,結論すら誇張して政府が発表した」ことがあるでしょう.

  • 学者が安全だと結論を出したのか?

報告書は

http://www.fsc.go.jp/sonota/bse_hyouka_kekka_171208.pdf

で読めます.全部で89ページ,参考文献だけで130をあげている立派な論文だと言えるでしょう.
政府が歪めた発表じゃなく,事実を知るには単に読めば良いだけです.
報告書の32ページに,結論が書いてあります.

米国・カナダに関するデータの質・量ともに不明な点が多いこと、管理措置の遵守を前提に評価せざるを得なかったことから、米国・カナダのBSE リスクの科学的同等性を評価することは困難と言わざるを得ない。他方、リスク管理機関から提示された輸出プログラム( 全頭からのSRM 除去、20 ヶ月齢以下の牛等)が遵守されるものと仮定した上で、米国・カナダの牛に由来する牛肉等と我が国の全年齢の牛に由来する牛肉等のリスクレベルについて、そのリスクの差は非常に小さいと考えられる。

リスクレベルが小さいと書いているのは,一番最後のみです.この文章の中だけでも,単純に安全なわけではないことを示唆する文面の方が多いことが分かります.さらに報告書は続きます.

これらの前提の確認はリスク管理機関の責任であり、前提が守られなければ、評価結果は異なったものになる。
上記のことを考慮した上でリスク管理機関が輸入を再開する措置をとった場合には、仮定を前提に評価したものとして、プリオン専門調査会は管理機関から輸出プログラムの実効性、およびその遵守に関する検証結果の報告を受ける義務があり、また、管理機関は国民に報告する義務を負うものと考える。

しかも報告書は,結論のあとにこのような章を加えています.

6 結論への付帯事項

何が書かれているかというと,抜粋しますと

今回のリスク評価は日本向け輸出プログラムの遵守を前提に行った。従って管理機関が遵守を保証する必要がある。リスク管理機関は、米国及びカナダから日本向けに輸出される牛肉及び牛の内臓について実施されるリスク低減措置が適切に実施されることが保証されるシステム構築を行う必要がある。考えられるシステムとして、日本向け輸出牛肉等を処理加工する施設の認定制度及びそれら施設への行政による定期的な立入調査等を含む管理システムが有効なものとして考えられる。
もし、リスク管理機関が輸入再開に踏み切ったとしても、管理措置の遵守が十分でない場合、例えば出生月齢の証明が出来ない場合、SRM 除去が不十分な場合、処理・分別過程において牛肉等が21 ヶ月齢以上のものと混合され得る場合など、人へのリスクを否定することができない重大な事態となれば、一旦輸入を停止することも必要である。

と,安全のための提案,それから緊急の輸入停止措置の必要性まで結論付けています.mixi評価委員会を批判している人たちは,この報告書を見たのだろうか?

  • 最後に

前述のように,プリオンは牛の病気のためのものだけではありません.人間の病気にも関連していますから,さらに調査研究を行う必要があります.また,先月,24頭目の国内でのBSE感染牛が見付かったのは記憶に新しいところです.この牛は,14歳でした.潜伏期間が長いことを考えると,このように10数年に渡って気付かれないまま,BSE感染国内牛を日本人が食べている可能性はあります.

ただし私は,調べもせずに上辺だけを見て書き散らす人たちには到底賛同できませんが,科学的な知識を広めることをサボる研究者・科学者も悪いと思っています.だからできる限り仕事以外でも文章を書き,講演をし,科学の啓蒙に努め,懐疑主義を広めて行きたいと思っています.

  • おまけ1

評論家の大宅映子さんは「最近では委員が主導権を握る場合も出てきたが、官僚の隠れみのになっているものもあれば、大臣の趣味でタレントを集めたと思う諮問委もあった。委員の率直な意見が吸い上げられないなら、なくてもいい」と話す。

この人は,あんなに立派な,最新情報満載の論文が読めるのはなぜだと考えているのだろうか.言うまでもなく,委員の人たちの努力のお陰です.

  • おまけ2

6日付のNew York Timesでも次のような社説が出ていることを教えて頂きました.

Stop: Don't Test Those Cows!
(中略)
The U.S.D.A. should test every cow that goes to slaughter. The cost is not prohibitive. Fear is the problem.
(USDA-アメリカ政府農務省は,食肉として殺す全ての牛を検査するべきである.コストが法外な額になるわけでもなく,未知の恐怖こそが問題である.)
(後ろも略)

アメリカ政府は,現実的な観点から,1%の牛のみを検査するとしているのは周知のところです.