百億の星と千億の生命

カール・セーガンの「百億の星と千億の生命」を読みました.
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4105192043/249-9699159-1829163
(原題:Billions&Billions)

この本は,基本的には多くの人には絶賛されないでしょう.電車やベッドで読んで,睡眠薬代わりにするには良いかもしれませんが.
理由として,内容の多くが先立ってパレード誌
Parade
に掲載された記事を書き直した上に収録したもので,似た内容の文章が繰り返さているなど(約300ページのうちの約100ページが,地球温暖化等への警告となっています),最初から一冊の本にまとめるために書き下ろされたものではないであろうことがあげられます.

それでも私には,1900円を出して買った価値はありました.

例えば,私はかつてから「白人」「黒人」という言葉はナンセンスだから使わないように提案してきました.
(最近では,人種差別? - なぜか数学者にはワイン好きが多いなど)
それでも,セーガン氏の第四章「神のまなざしと水のしたたり」で述べられている主張は新鮮でした.

北欧系の人々と中央アフリカ系の人々は,紫外線や赤外線に対しては等しく”黒い”.
(中略)
ほとんどの波長の光に対してすべての人間の皮膚は黒いのだ.
注:これは「黒人」またはスペイン語で同じことを指す「ニグロ」と呼ぶより「アフリカ系アメリカ人」と呼ぶほうがはるかに適切だという理由の一つだ.

物理学的には,アフリカ系アメリカ人の人の肌が「黒っぽく」見えるのは,光のほとんどを吸収して反射しないからです.リンゴが赤く見えるとしたら,それは光の赤い波長だけ反射し,人間の目がそれを見るからです.青い波長はリンゴの表面に吸収されます.

ところで,通常「光」と呼んでいるものは電磁波であり,赤外線,紫外線,X線などと同じです.人間がたまたま見える「光」は可視光線と呼ばれ,電磁波のごく一部です.そのほんの一部,例外と言ってよいくらいささいな一部の光の反射具合によって人間を分けるなんて無意味だ,というのがセーガン氏の論です.
いや,まったくその通りです.

その他にも第十四章「共通の敵」では,アメリカのパレード誌,当時のソ連のアガニョーク誌
Огонёк:Да здравствует Арал!
に同時掲載される両国の政策を共に批判する記事を書いたこと,両誌に検閲を行わない要求を出したこと,そして結果的にアガニョーク誌が行った検閲の内容の,重要なもののリストが書かれています.検閲のリストは「目に余るものや興味深いもののいくつか」だそうですが,18項目に及びます.

また,次の第十五章では,中身もタイトル通り「妊娠中絶--胎児の『生存権』と母親の『選択権』,両者の尊重は可能か?」ということを18ページに渡って論じています.(三回目の結婚相手であるAnn Druyan氏との共同執筆だそうです.)

極めつけはエピローグでした.次の文で始めるので,書き手が変わったことはすぐに分かります.

カールは病状の不安定さに悩まされながらも,持ち前の楽天性を発揮して,情熱的で,とても独創的で,多くの学問分野にまたがった素晴らしい著作の最終章を書いた.

この8ページのエピローグ,職場からの帰宅中の電車の中で読んでいて,不覚にも涙を流してしまいました.ちょっと恥ずかしかったです...

僕はカール・セーガン氏を,「科学者の良心」と呼びたいです.