森達也氏著書「死刑」を読む

300ページを超える,ソフトカバーにしては大著だったので退屈するかと思ったのですが...

http://www.amazon.co.jp/%E6%AD%BB%E5%88%91-%E4%BA%BA%E3%81%AF%E4%BA%BA%E3%82%92%E6%AE%BA%E3%81%9B%E3%82%8B%E3%80%82%E3%81%A7%E3%82%82%E4%BA%BA%E3%81%AF%E3%80%81%E4%BA%BA%E3%82%92%E6%95%91%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%A8%E3%82%82%E6%80%9D%E3%81%86-%E6%A3%AE%E9%81%94%E4%B9%9F/dp/4255004129
「ぐんぐん,引き込まれてあっと言う間に読んでしまった」というほどじゃないですが(1日半かかりました.通勤電車で,往復+往路),退屈は全くしませんでした.
やっぱり,ベストセラー娯楽作家ほど文章が面白くも活動的でも無いけど,本職研究家が書く啓蒙書よりは遥かに読みやすいです.
そして,奇しくもタレこみさんが書いて下さったように

なりふり構わない目的意識が決して格好悪い事ではないと教えてくれたクールな熱血漢って所でしょう。

そう,静かに熱い感じでした.

ただし,森達也氏は理解していながら本書では書ききれていないことがありました.
それは,「日本では,死刑制度の賛否を賛成 or 反対の,白黒の二択では語れない」ということです.
少なくとも,いくつかの点で,私の意見と森達也氏の意見は完全に一致しています.
まず,論理的には,日本の死刑制度は存在の意味が全く無いこと.これは100年も議論されていることで,死刑制度に犯罪抑止力や防止力が無いことも,死刑犯にかかる税金から出る生活費用は普通の刑務犯より安いこと,冤罪で死刑になった多くの人たちのことなど,一通りのことは本書で述べられております.もっとも,軽く200ページほど触れられている程度で,著者は,こう宣言します.

論理的な整合性は死刑にはない.論理的には廃止されるべきなのだ.
(中略)
ならば僕は,論理から情緒を引き剥がすことを試みる.
(中略)
なぜなら僕も死刑について考えるとき,結局のところは論理に依拠していない.何となく察知していたけれど,感覚的な領域はとても大きい.
だから僕は軌道を修正する.死刑制度を整合化する最大の要素は論理ではない.情緒なのだ.

(pp. 242--244)

二つ目に,刑罰についての法が他国のものは全く異なること.死刑執行の方法について日本が異常なことも,犯罪の被害者・加害者双方の関係者の国家的な心理ケアが全く整備されていないことなども,さらっと書かれています.

三つ目に,日本のマスゴミについても.かの安田好弘弁護士がオウム真理教信者や光市母子殺害事件の弁護を担当した当時のことを,いかにマスコミが異常な報道をしたことも書いておりますし,逆に光市母子殺害事件で犯人の少年を自らの手で殺したいと公言した木村洋氏が,マスゴミが報道しっ放しのような清々しい態度でいるわけじゃなくて悩み苦しんでいることも取材しています.亀井静香議員や保坂展人議員,坂本敏夫氏や藤井誠二氏等の著名な作家へのインタビューも掲載されています.インタビューというか,本来「聞く」はずのインタビューで,著者が熱く語りかけてしまった光景もリアルに描かれています.

なお,日本のマスゴミの異常報道については,書きの書籍も参照のこと.
http://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E5%A0%B1%E9%81%93%E3%81%AE%E7%8A%AF%E7%BD%AA-%E6%96%B0%E9%A2%A8%E8%88%8E%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%B5%85%E9%87%8E-%E5%81%A5%E4%B8%80/dp/4797493925
文庫本で500ページ超という,こちらも大書です.


ちなみに「死刑」は古書店で850円(定価1600円),「犯罪報道の犯罪」は古書店で450円(定価890円)で入手しました.


さて,「死刑--人は人を殺せる.でも人は,人を救いたいとも思う」を読んだ感想は,これも著者の森達也氏と同じく,「自分の意見は変わらなかった」です.
ただ,たまたま変わらなかっただけで,途中の,自分でも意識はしていたはずが忘れていたらしいこと,つまり「死刑制度の判断は,存置・廃止の2択じゃない連続体上の意見のどこかに回答がある」ということを再認識させてくれた点は,とても良い本だと思いました.
連続体の横軸として,刑罰の執行方法が日本は特異であり,情報をオープンにするとか国民の意思確認をする調査方法が恣意的過ぎるとか問題があり,かたや連続体の縦軸として,刑罰自体が極刑の死刑を最上段として最下段の無罪まで無限の段階があり,その区切りを人間がつけることは難しいことなど,森達也氏は理解しているので,もっと分かりやすく書くべきでした.恐らく,多くの読者には伝わっていないことでしょう.