数学は発見されるのを待っている
日記を書いてて,一番悲しいのは,自分がやっている数学について書けないことです.書いたら誰かにパクられちゃうかもしれないし,発表準備中のを書いたら関係者に迷惑がかかるし,だいたい,万が一,知っている人に見られたら,どこの誰だか完璧にばれてしまう(笑)
そこで,一般的な話で憂さ晴らしをしようと思います.
既に先月号になりますが,日本評論社「数学セミナー」2006年9月号に,数学の不思議さを表す2つの話題の記事が載っています.
1つ目から紹介しましょう.
「ライフゲームから力学系へ」というタイトルで,若手研究者の北大の行木さんがセルオートマトンについて紹介されております.
セルオートマトンは,「万能の天才」ことフォン・ノイマンらによって確立され,http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%A5%BB%A5%EB%A1%A6%A5%AA%A1%BC%A5%C8%A5%DE%A5%C8%A5%F3/detail.html?LINK=1&kind=epedia
「コンウェイのライフゲーム」として一躍有名になりました.ライフゲームは簡単にプログラムできるので,コンピュータ系の多くの学校で演習問題として使われています.下記ではたくさんアニメーションがあるので,ぜひ下のほうまで見てみて下さい.
http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/16010/%A5%E9%A5%A4%A5%D5%A5%B2%A1%BC%A5%E0/detail.html?mode=0
ところがこの単純なモデルが,プログラミング言語に関係しているは生物の生き死にの研究にも関係しているは,果ては交通渋滞の研究にも使えるは,しまいには力学系の中の可積分系に関係していることが最近になって発見され,ここ数年,日本でも情報処理学会や応用数理学会で大いに話題になっています.
特に可積分系については,元々,差分方程式の研究で有名な広田良吾先生の研究から出たものですが,
という流れもさることながら,
広田の双線形化法によるVolterra方程式の差分化=数値解析におけるεアルゴリズム
ということも発見されて,信じられないというか,あっけに取られたものです.
(εアルゴリズムは,大学の学部の教科書にも載っている有名なもので,1985年初版の伊里正夫先生らによる「数値計算の常識」にも載っています.また,Volterra差分化=εアルゴリズムは1993年にPhysical Letters Aに発表され,その後京大の中村佳正研究室で精力的に研究されて現在に至ります)
また,このセルオートマトンは,有名な(性能も良いが値段も凄い)Mathematicaというソフトで有名な,ウォルフラム・リサーチ社のスティーブン・ウォルフラム氏(http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%A5%B9%A5%C6%A5%A3%A1%BC%A5%D6%A5%F3%A1%A6%A5%A6%A5%EB%A5%D5%A5%E9%A5%E0/detail.html?LINK=1&kind=epedia)の研究でも有名です.
さて,2つ目ですが,東大の駒木文保先生が,情報幾何学についての記事を書いておられます.
情報幾何学の基礎は,リーマン幾何学です.中学校の数学で「平行な2直線は,どこまで行っても交わらない」と習いますが,それはウソです.リーマン(http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%A5%D9%A5%EB%A5%F3%A5%CF%A5%EB%A5%C8%A1%A6%A5%EA%A1%BC%A5%DE%A5%F3/detail.html?LINK=1&kind=epedia)が創始したリーマン幾何学(正確には歪んだ空間の幾何学はガウスの時代から知られており,日本でも戦前は「球面幾何学」として教えられていました)は,高校までに習う幾何学をことごとくぶち壊し,1854年に発表されたその理論は1906年のアインシュタインの一般相対性理論によって,夢物語じゃなくて現実のものとなります.
しかしさらに,(2001年の「応用数理」9月号によると)1945年になって,確率統計で有名なC.R.Raoによって,リーマン幾何学が統計に関係していることが指摘されました.該当する応用数理誌によると,一松信先生と共に日本の数学・情報科学の生き字引であった森口繁一先生(コンピュータ博物館)が独立に御指摘されていたそうです.
その応用数理誌によると,著者は御謙遜なさっておられるのか御自分のお名前は出しておりませんが,英語版のWikipediaには,しっかりとRao氏と並んで著者の甘利俊一先生のお名前も出ております.
Information geometry - Wikipedia
というわけで,ある数学の理論が発表されてから,50年も100年も200年もたってから,「その理論が,これに必要だった」となるのか,不思議でたまりません.
一生理解はできないと思いますが,こんなエキサイティングな分野で仕事ができることは,一生幸福に思うと思います.